1月22日(日)鶴見区で茨田レンコン堀りイベント開催します

週間人気記事ランキング

週間人気記事ランキング Best5

かつては鶴見区は門真市と並んで有名なレンコンの一大産地

 今の市や区の分け方と違い昔は大阪市鶴見区から門真あたりは北河内といわれていた。河内平野は今から4000年前は河内湾と呼ばれる海の中だった。やがて沖積作用が激しくなり、湾は次第に埋められたが、門真や鶴見は低湿地だった。鶴見は鶴が生息する湿地が多かったから、門真は「潟沼(かたぬま)」が名前の由来だといわれている。(※1)

江戸時代後期から明治にかけてこのあたりで採れる蓮根は「茨田レンコン」「河内レンコン」といわれ関西では人気があり、奈良の春日若宮おん祭には「河内蓮根奉納行列」が行われる。

そんな北河内ですが、鶴見は門真よりも先に宅地開発がすすみ先にレンコン畑が姿を消していった。門真市はあの松下幸之助が福島区の大開から門真市に本社と工場を移し、次第に住宅地としても埋め立てが広がっていく。大阪城の北東の鬼門の方角にあり、なおかつ湿地帯であったこの地域も高度成長期以降はレンコン畑は減ってしまった。

昭和30年代の鶴見区 梵彩さんより

今も残るレンコン畑は現在も減り続けています

梵彩さんはかつては門真にもレンコン畑をもっていたレンコン農家さん。若手農家の育成や食育として野菜や農業に関心がある方を対象にレンコン堀のイベントを開催して河内レンコンの掘り方やおいしさを伝えている。作り手としても農作物品評会で大阪市長賞・住吉大社賞に受賞するほど、

農作物品評会にて


また重労働であるレンコン堀を楽しんでもらおうと、イベントでは掘ったレンコンをすぐに調理して食べてもらったり、畑で演奏してくださったりと愉快な農家さん。

実はドラマーな梵彩さん


かつては鶴見区役所主催の田んぼで泥んこになるイベントの会場としても

「田んぼでどろんこ王国」での綱引き風景


わずかに残った門真市や鶴見区のレンコン畑であるが後継者不足と近年この地域の宅地としての再評価による土地の値段の高騰などにより、今もレンコン畑は減っている。
そんな世の中の流れは数少ないレンコン農家の梵彩さんの畑にも影響が、周りの農家さんが土地を手放すために共同で使用していた井戸が無くなり、また畑までの接道もなくなるのだ、そうなると選択肢は無くなり、レンコン畑を手放すしかないのである。
そして2016年12月に代々耕した畑を手放すことにしました。

左は撤去される前の井戸小屋、右は撤去後


そして隣接している先に手放しはった畑に重機が、

埋め立てて宅地になるレンコン畑


今日本は人口が減ってきています。資本主義経済は大量消費をすることで維持しています。畑を埋めれば造成して新しい家が建ちます。古い住宅地は、先に住んでいる住民がいるので費用が高くなります。北河内の貴重なレンコン畑をつぶすことよりもコスト優先なのは悲しいです。文化は何者にも変えがたいはずなのに・・・あまりに無力です。

1月22日レンコン堀をします

前置きが長くなりましたが、上記のような理由で今月末で閉鎖することになった梵菜農園鶴見のレンコン畑。1月22日(日)に残り2週間をきったところでさよならイベントを開催します。

皆でレンコンを収穫してその場で食べてます。そしてまたお土産用のレンコンを掘っていただきます。

Facebookにイベントページをこしらえましたが、SNSされていない方。個人的にご連絡ください。お返事させて頂きます。

梵菜農園のレンコン堀風景


梵菜農園園長の梵彩さんはアーティストでもあり農園内でイベントをしたりとユニークな方です。でもイベントの後ろには重機。画像を見ても笑えなくなりました。

梵菜農園は掘るだけでない

※1 

(1)地域内の低湿地がツルの群生地であった。(2)治水と関わる八剣伝説をうけて、そのツルギがツルミに転訛した。(3)旧下之辻村の開村が源頼朝の命令といわれ、頼朝が富士の裾野での巻狩で放った多数のツルの飛来地という伝承によるなどいろいろあるが根拠となる明確な原典が存在せず、口伝の領域から採用されたものである。
引用元:大阪市鶴見区のホームページより

イベント名:さよなら梵菜農園レンコン堀イベント
日時:2017年1月22日(日)10:00~15:00
場所:梵菜農園(大阪市鶴見区諸口6-15)

スポンサーリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

スポンサーリンク